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  • Mikiko 

わかろうとせず、読んだら忘れてしまってください

Mikikoがはじめて先生からアドヴァイタの教えを聞いた時、

なぜかわからないのですが、「あーこれだ」と思いました。

いわゆる文学的表現で「私はこの時、そのように思った」という感じではなく、

頭で思うよりももっと瞬時に、もっと深く、言葉では表現しようもないものが反応した、と言った方がよいかもしれません。


この話をすると、それは「直感」ですか?と尋ねられます。

ですが、おそらく一般的に使われている直感とかインスピレーションという概念を超えている気がします。

言葉では到底表せないのですが、あえて表すと、

なぜかわからないけれどついに出会った!探していたものはこれだ!という、絶対的な確信が瞬時に起きた、といった感じでしょうか。

そしてその「あーこれだ」は、まさに確かなものだったわけです。


アドヴァイタやゾクチェン、非二元的な事は、言葉ではすべてを伝えることが不可能です。サットサンやセッションのたびにそのことはお伝えしますが、

言葉での説明は矛盾語法だし、どんなにレトリックを尽くしてもいつも逆説的です。

ですから、ブログを読んでくださる方に、はじめからこのようなことを言うのは心苦しい(笑)ですが、

『言葉で(頭で)わかろうとしない』

『言葉をそのまま受け取らない』

『読んだら忘れるくらいでいい』

を、どうぞ頭の片隅に留め置いて頂きたいのです。


そして、Mikikoは先生から、

「体験はどんどん忘れてゆきます。あなたはこれを伝えるでしょから、忘れる前にメモしなさい」と言われました。

また、「体験は重要ではないので執着しないように!」

ということも繰り返し先生はおっしゃいました。

ですから、Mikikoが体験をブログでシェアする時、先生とのやり取りや体験を書き留めたものをもとにお伝えしています。

教えを受けてはじめの頃に、一瞥体験、理解が起きる体験を繰り返ししました。

それはどれも驚くような、そして想像を超えた素晴らしいものなので、こんな体験を絶対に忘れるわけがない!と思ったものです。


でも、本当に、どんどん忘れてゆきます!!


忘れるというか、過去というものはどのようなものであれ(それがどんなに魅了されるような体験であったとしても)物語なのだとわかると、握りしめておくことができなくなっていきます。

過去が物語って、どーいうこと?

そういう疑問が起きることは何の問題でもないです。

これからのブログでお話してゆきますから、楽しみに待っていて下さいね。


そして、『わかろうとしない』『言葉をそのまま受け取らない』『読んだら忘れるくらいでいい』ということを思い出してください(笑)


もし、わたしがはじめての時にそうだったように、今、あなたの中で思考よりも先立った何かが、これを聴きたいと蠢いたなら、もうそれで充分です。準備はでできています。




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